《幸若丸と足利義視、細川勝元》

【幸若舞曲一覧(リンク先)】 《幸若丸と足利義視、細川勝元》「寛正六年(1465)に許され」の記事から 1 幸若丸の活動 ◎ 「管見記」の1442年(嘉吉二)5月8日「当時諸人弄翫せしむるくせ舞あり。家僕等勧進によって今日南庭においてこれを舞う。音曲舞姿尤も感激あり」と公卿西園寺邸を大夫が訪れ南庭での舞が披露された。西園寺公名を感激させた曲舞は、その音曲・舞姿が素晴らしかったことでこれ…

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白山権現

【幸若舞曲一覧(リンク先)】 《白山権現と幸若丸》  幸若丸は帝から給わった草紙三十六冊に「節・詰・言葉」を付け、内容に従って「サシ・色・クドキ」十六節の章句を付け、これを「三十六番の曲折集」と名付けた。(屋島軍)から節付を始めたが、その中の「けいけいほろろの鳥の声」に節付ができないので、日吉神社に参籠して神に祈った。七日目の晩、内陣より神の御声が聞こえた。「越前国の白山権現へ参社せよ。三社…

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