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1 盛長の夢物語
さるほどに、(源頼朝側近の)安達籐九郎盛長は、まだ朝も早いうちから頼朝の御前に出仕した。
君(頼朝)は、未だ寝所に居られるのに間の障子を開いて、安達盛長が出仕申して候というと、源頼朝が聞し召され、いついつよりも安達盛長殿の今朝の出仕の早さよと理由を尋ねると、安達盛長曰く、さん候、昨夜それがし不思議な夢を見ました、確かな夢物語を申さんために朝早くから出仕申し候。
源頼朝、聞し召され、すけ (源頼朝自らの官職名、右兵衛権佐)の吉事の夢ならば早く早く語れ、自分のものとして、よく心に留めようとの御諚なり。
安達盛長承って、あっぱれ君を大切に思う人がいたならば、語って君の心に留め申さんと申す。
ちょうどその時、御前に源家譜代の家人、大場平太景義が伺い候申して有けるが、君の吉次の御夢なれば、この大場景義めが、見た夢から吉凶を占う夢合わせ夢解きをしてみましょうぞ、早く早く語り候へ。
安達盛長これを聞いて、先ず夢の威徳を語って聞かせ申さん、昔、中天竺の主、浄飯大王(釈迦の父)の后の宮は、七月十四日に紫宸殿に御出有、昼の御夢に金色の膚の御僧、御口の中に飛び入らせ給うとの御夢を御覧じ、明くるせうへい元年に七多太子(釈迦・シッダ)を儲けられ給う、今の釈迦は是なり。
我朝の用明天皇の后の宮は、ある夜の御夢想に、金の玉手箱を左の御衣に移すと后の腹に宿る夢を御覧じて、聖徳太子を儲け給い、難波に四天王寺を建て、廃仏論者である物部守屋大連を、崇仏派の曾我稲目と馬子親子らと共に退治し給うも、皆これ夢の威徳なり。
また我が朝の伝教大師(最澄)は蓮華を抱くとの御夢を御覧じて、(東大寺で具足戒を受け比叡山に草庵を結んで学問修行に励み、一年間在唐して天台密教教学を学び、南都教団からの独立を計り)比叡山に天台宗延暦寺を建立し、名声と功績を現し給うなり。
されば、夢の合わせ方と、鷹の獲物の鳥を狙って放つ合せ方の双方とも、合せ方によって良くも悪くもなりにて候ぞや、良き様に合わせ(解いて)して下さい大庭景義殿、とぞ(と安達盛長が)申しける。
大場景義聞きて、あらめでたの夢の威徳や候、早く早く御語り候へ。
安達盛長これを聞いて、(四つの不思議な夢を見たとの夢語りをする)
① まず一番の御夢想に、東山小松原、紫の八重雲をかき分け、つるつると出させ給う朝日を君の懐に抱き取らせ給う(一つ目は、昇る朝日を源頼朝が抱き取った事)、と見参らせ候。
② 次の御夢想いに、君は白絹で仕立てた浄衣(神事用の狩衣)に立烏帽子、浅い沓(きぐつ)を召され、相模の国矢倉が岳に御上がり有て、東西南北へ七足づつ歩ませ給う、と見参らせて候、その後、矢倉が岳(足柄市矢倉明神)に御腰を休めさせ給うが、東へも南へも西へも向かせ給わず北へ向かせ給い、笑みを含ませ給う(二つは矢倉が岳に腰をかけて北に向いた事)、と見参らせて候
③ その次の御夢想に君の弓手(左側)の御足を鬼界が島の方へ踏み下ろさせ給い、さて又、馬手(右側)の御足を外の浜(津軽半島の東部海岸)の方へ踏み下させ給う所に、君の御寵愛に思し召す大場平太景義、白き瓶子に蝶型に口包ませ、肴に九穴の鮑をもって御前に参る(三つは両足を鬼界が島と外の浜に踏み下ろした事)。
君は御覧じて、鮑の太き所を御手に持たせ給いて、酒をたぶたぶと手元に控え有て、いかに貴僧法師肴一つとありしかば、貴僧承って御前をづんど立って鴨が入首(舞)、鴨の羽返し(舞)、さっとさいて祝いわかをぞ(謡い)上げにける。
④ その次の御夢想いに、君の左右の御袂に三本の姫小松を育て置かせ給う(四つは頼朝の両袖に三本の姫小松が育った事)と、
確かに盛長めが見参らせて候ぞや、よきように合わせて下さい大庭景義殿とぞ申しける。
2 大場景義の夢合せ
大場景義聞きて、あら、めでたの御夢や候、いずれも是は、君のために御吉事。
① 先ず一番の御夢想いに、東山小松原、紫の八重雲をかき分け、つるつると出させ給う朝日を君の懐に抱き取らせ給う、と御覧有て候は、疑いもなく我が君は、日の本の征将軍(征夷大将軍)と仰がれさせ給うべき、御瑞相の御夢想なり。
② その次の御夢想いに、君は白き浄衣に立烏帽子、浅い沓(きぐつ)を召され、相模の国矢倉が岳に御上がり有て、東西南北へ七足づつ歩ませ給う、と御覧有て候は、七難即滅七福即生、これ成るべし、その後、櫓が岳に御腰を休めさせ給うが、東へも南へも西へも向かせ給わず、北へ向かせ給い笑みを含ませ給う、と御覧有て候は、おう、さる読みの候ぞや、北重ねると書いては、つまり北重は北条と読みの候ぞや、ここをもって案ずるに、北条の四郎(北条時政)を御頼みあって、御代に立たせ給うべき、御瑞相の御夢候なり。
③ その次の御夢想に、君の弓手(左側)の御足を鬼界が島の方へ踏み下らさせ給い、さて、馬手(右側)の御足を外の浜(津軽半島の東部海岸)の方へ踏み下させ給う処に、君の御寵愛に思し召す大場平太景義、白き瓶子に蝶型に口包ませ、肴に九穴の鮑(長寿)をもって御前に参る、と御覧有て候は、鮑は海の物なれば、鬼界、高麗、契丹国(モンゴル)、海上は櫓櫂の届かん程、我君の御知行に参らふずるこそ、めでたけれ。
④ その次の御夢想に、君の左右の御袂に、三本の姫小松を育て置かせ給う、と御覧有て候は、一本は我君、一本は安達盛長殿、今一本はこう申す大場平太景義なり。そも松と申すは、一寸だにも伸びぬれば、千々に枝栄へ、ちょうど千年の齢を保つ由を承る、その松の如くに、若君あまた御儲け有て、末ははるばると栄えさせ給うべき、御瑞相の御夢想なり。
てさ安達盛長の夢物語、大庭景義の夢合わせ様は、瑞相の夢想(吉夢)で、君が日本を支配し、安達盛長と大庭景義ともに子孫繁栄する吉兆だと夢解きをする。
ひとえに君の御吉事とこそ聞えけれ。
(注) 本曲は、「馬揃」「九穴貝」と並び、頼朝の治世を寿ぐ内容の曲で、祝言性が重視された幸若舞の特徴の表れた内容である。